研究内容
茨城大学理学部物理有機化学研究室(森研究室)では、理論化学を駆使し、
(1)生体内の有機化合物や金属酵素の機能を解明するための基礎研究
(2)選択的有機合成反応機構の解析およびその知見を生かした新規反応,材料および触媒設計
を2本柱として研究を行っています.
物理有機化学という言葉はききなれないと思いますが,物理化学と有機化学の境界にある学問です.すなわち有機化学の現象を原理的に突き詰めて理解しようという学問です.化合物と反応の多様性に思いがけない現象を発見できることが,有機化学の面白さであることはよくわかっています.しかし,最近、このような多様性が原子核と電子の運動として統一的に説明できるようになってきました.
実験化学の視点にたって計算機を使って研究している研究室は日本だけでなく世界でも珍しいです.現在は古典的な有機化学にとどまらず,化学物質の生体内での作用機序や生体内の酵素反応メカニズムの研究など他の分野へ進出しています.「人のやらないことを研究する」というのがモットーですが,国際的,グローバルな視点に立って(社会とのかかわりも考えながら)研究教育を行おうとも思っています.
東北大,東大,阪大をはじめとした交流のある他大学の大学院生が,量子化学計算を学びに我々の研究室に来たり,外国人をお呼びして院生,学生との交流も行っています.
理系での研究は,いままで世界中の誰も解いていない問題を自分で主体的に探し,かつ答えを得るプロセスを含んでいます.いままでの各分野の教科書の勉強とは異なり,研究には主体性が要求されます.物理化学的側面が入ってくるかもしれませんが,恐れることはありません.最も必要なのは自然に対する疑問だけです.研究意欲旺盛で,私の研究分野に興味のある人は一緒に研究をやりましょう.またコツコツやる人の方が大歓迎です.コンピュータができる人も歓迎しますが,初心者の人も私や先輩が指導するので心配することはありません.
現在の研究内容
現在,プロスタグランジンD2,トロンボキサンA2をはじめとしたプロスタノイド類の生合成のモデル反応機構について量子化学的手法を用い,精力的に行っている。(一部NEC,NECソフト,茨城大応用粒子線専攻との共同研究: J. Inorg. Biochem. 2010; Theor. Chem. Acc. 2011) トロンボキサンA2合成酵素の反応機構は、最近、口絵付きでChem. Asian J. に掲載された(2008)。この酵素は、もっとも重要な薬物代謝酵素としても知られているシトクロムP450スーパーファミリーの中で珍しく異性化と分解を起こす酵素である。(PGIS: Chem. Eur. J. 2009) 現在,タンパク質の効果を取り入れるため,分子動力学計算とQM/MM計算を行っている。近年、タイ・カセサート大学理学部と共同で、シトクロムP450の酵素反応で、電子移動がプロトン移動と共役する(PCET; proton-coupled electron transfer)ときの水の役割を、QM/MM法を用いて解明した(J. Mol. Graph. Model. 2014)。
Hg2+, Cd2+, Zn2+は,無機化学のみならず,環境科学的,毒性学的,生化学的にも興味深い金属イオンである。
金属イオンとシステインの相互作用の検討は中でも基本的な課題である。3種類の金属イオンの中で毒性が最も高く,かつシステインと最も強く結合するのはHg2+であるが,本研究では,システインのチオラートイオンと結合するのは気相中ではZn2+が最も強いという予想外の結果を得た。一方,Hg2+がシステインとの最も親和性が強いことを説明するには,
水和を考慮しなければならないことを,量子化学計算によって示した(Theor. Chem. Acc. 2011)。
大規模系への展開を図り立体選択性発現機構の新たな知見を見いだすため,高精度量子化学計算と分子力学計算を組みあわせた理論手法(IMOMM法)のプログラムを用い,光学活性金属錯体の反応における立体選択性発現の解明と反応設計も行っている.最近は,Rh(I)-BINAP触媒のエナミドの不斉水素化反応で,他のRh(I)-不斉触媒のように,Rh(I)-エナミド錯体の濃度の薄いほうが主エナンチオマーに至るもの(反「鍵ー穴」の原理)ではないことを予測する結果を得た。(Chem. Asian J. 2006)
オキセテン(beta-ラクトンエノラート)類の開環反応における立体選択性が,立体電子的効果によることを理論的に明らかにした。(J. Am. Chem. Soc. 2002, 2009、Chem. Eur. J. 2006, Org. Lett. 2004, Synlett 2008ほか,九州大学新藤充教授らとの共同研究)。さらに、[3+2]環化付加反応の選択性についても検討した(Synlett 2013)NEW!。
1,3-ペンタジエンの[1,5]-シグマトロピー転位で,水素転移反応と重水素転移反応の速度同位体効果が12.2 (298 K)という大きな値が出ていることは,40年前にすでに報告されているが,その理由については,いまだにわからないままであった。通常の量子力学計算(Born-Oppenheimer近似)では,実験値よりも小さい結果(3~4程度)を得ており,いままではトンネル効果の半古典的な補正が必要であった。最近,我々は,水素あるいは重水素原子核も量子力学で取り扱う方法(MC_MO法,横浜市立大の立川仁典教授らが開発)を用いることにより,実験値に格段に近づく(8.28 at 298 K)であることが明らかになった。(J. Phys. Chem. A. 2007)
以前,我々は,いくつかの有機銅(I)化合物の反応機構を理論的な手法で解明した(J. Am. Chem. Soc. 2000; Organometallics 2004; Angew. Chem. Int. Ed. 2005ほか)。とくに、最近、不斉有機触媒ー銅(I)の系を用いた炭素ー炭素結合生成反応を開発し、エナンチオ選択性がC-H..O水素結合をはじめ多点相互作用および分散引力相互作用によることを、北海道大学澤村正也教授のグループと共同で示した(Chem. Eur. J. 2013 and Chem. Sci. 2018)NEW!。さらに,Os(V)-オキソ錯体など興味深い錯体の反応機構を解明した(J. Am. Chem. Soc. 2012)。現在、金属触媒によるC-H, C-C, C-O結合活性化反応のメカニズムを、実験有機化学者と共同で行っている(Bull. Chem. Soc. Jpn, 2014, Organometallics 2014, Dalton Trans 2014, J. Am. Chem. Soc. 2017)NEW!。